2022/10/09

アニメーション雑感:機動戦士ガンダム 水星の魔女

 鉄血のオルフェンズ以来となる、アナザーガンダムシリーズの新作。
 当初「女性主人公の学園モノでヒロインも女性、即ち百合ガンダム?」と噂を聞いて、殊更に百合展開を好まない性分としては「あんま百合に拘るなら敬遠かなあ…」と思っていたのだが、10/2から始まる本編の前日譚「Prologue」を見た層の感想がどうにも(良い意味で)キナ臭く、本編開始直前に、Prime Videoでの配信が解禁されていたPrologueを取り敢えず観てみた。

 ――そして、確信した。
 嗚呼、コレは確かに「ガンダム」だ、と。

 その後、本編もリアルタイムで観て、更に本編放送後に公開された公式小説「ゆりかごの星」、及びソレを元に創られたという主題歌「祝福」の歌詞も読み込んで、現在、俄然今後に期待していたり。
 ガンダムで百合展開!?、という部分ばかり騒ぎになっているきらいがあるというか、実際本編第一話観ただけだと確かにそんな感じなのだが、……Prologueとゆりかごの星を挟んだ途端にアラ不思議、いつものガンダムの不穏な空気が出来上がり、という構成が良い感じに此方の脳ミソをシェイクしまくってきた。

 特にPrologueは、自分のように百合要素に懸念を抱いてしまうタイプのガンダムマニアが観た場合、その「ガンダム」らしい不条理感にある意味ホッとすると同時に、今までに無い、余りにも衝撃的に過ぎる展開で情緒が崩壊する事必至。いやまあ後者はマニアでなくとも只管混乱させられるだろうが…
 そして第一話を観た後に「ゆりかごの星」を読めば、「彼」の「彼女」への想いに尊みを感じつつも、明らかになったPrologueから第一話までの軌跡に、どうしようも無いやるせなさを覚えてしまうハズ。……今回のガンダム、感情の振れ幅がちょっと大き過ぎじゃない??

 既にネットやSNS上で散々感想やら考察が為されている本作だが、自分も観劇していて少々気になってつい深読みもとい妄想してしまった点を以下に書き記してみようと思う。


・ルブリスの戦闘機動
 エリィことエリクトによって「レイヤー33からのコールバック」が得られた事で、完全起動を果たしたルブリス。そしてルブリスはエリィがモニタ上で指し示した三機の敵MSを、「極めてスムーズな動きで」瞬く間に撃墜せしめた。
 ……が。此処、よく考えると中々疑問が生じるシーンである。

 作中に於けるガンダムは「GUND-ARM」――元々は義肢技術である「GUND」を、MSという兵器の制御システムに拡張・発展させ搭載したMSを指すらしい。作中描写等から見て、つまり本作のガンダムはパイロットと神経接続ないしは同調を行う事で、従来機とは隔絶した機動性能を実現しているのだろう。
 要は「思考制御」――頭で思い描いた通りに機体を動かせる、エヴァのシンクロ率とか、ネクストのAMSとか、鉄血の阿頼耶識とか、あの辺の系譜と思われる。

 ……しかし。
 だとすれば劇中の、ルブリスの「極めてスムーズな戦闘機動」は、一体「誰のビジョン[操作]によるもの」なのか?

 エリィである可能性は低い。僅か四歳の幼児に、MSの戦闘機動というビジョンが有る筈も無い。
 同乗していたエリィの母エルノラの可能性も低い。彼女は、エリィの手指に導かれるままルブリスが敵機を立て続けに瞬殺する様を、呆然と見遣るだけだった。一応、MSの戦闘機動に関して言えば、エリィよりは遥かに詳しい知識を持っているかも知れないが、少なくともあの瞬間に於いて、彼女が主体的にルブリスの操作を行っていたようにはとても見えない。

 では、一体誰が?
 ……恐らくだが、LF-03「ガンダム・ルブリス」、ソレ自体によるものではないかと自分は考えている。

 後述しているが、ルブリスの改修機or後継機?であるガンダム・エアリアルにはどうも明確な自意識が存在しているっぽい。ならば、ほぼ確実にエアリアルの前身であるルブリスにも、程度の差こそあれ「ルブリス」という自意識があってもおかしくは無い。
 また、ソレ――「ルブリス」が目覚めたのはほぼ確実に、「彼」がエリィと接触、そして彼女を認識したその時だろう。レイヤー33はおろか、レイヤー34という更に深い階層との同調を果たし、ビットを何の身体的負荷も無く操ったエリィこそが、長らく目覚めなかった「ルブリス」という赤子を呼び覚ましたのだ。そうして覚醒したルブリスは、自身と繋がったエリィを守る為に、MSという機動兵器たる己の機能を行使したのではないだろうか?


・エアリアルに意思は有るか、否か
 「ゆりかごの星」の語り部は、まさかの主人公機「ガンダム・エアリアル」そのものだった訳だが、コレはあくまでも小説に於ける擬人化と言うか、そういう表現に過ぎないのでは?、と見る向きもある。
 確かにその可能性が無いとは言い切れないが、個人的にはガンダム・エアリアルに「エアリアル」という意思・自我は有る、と考えている。

 そう思うに至った描写は以下の通り。

【ライブラリを見る? とスレッタにメニューを表示すると、お気に入りのアニメを選んだ。】
 地球ってどんなところ?、というスレッタの質問に対して、エアリアルは「メニューを表示する」という形で明確に「返答を行っている」という、何気に凄いシーン。

【「エアリアル、出力は私が調整する」】
 「私が」調整する、という事は「エアリアルが」主体的に調整する事も可能なハズ。だがエアリアルはスレッタに出力調整の主体を委譲しているワケで。
 つまり両者の間で、提案と受諾、というコミュニケーションが成り立っている事を示している、ように感じられた。

【僕は同意の意味をこめて、モニタ表示を二回瞬かせた。】
 決め手と言うか、そりゃこんな記述されたら単なる偶然なんて思えない、どー考えてもエアリアル自身の「感情」が有るよなあ、という。

 ……そして。
 エアリアルに固有の意思・自我があるという事、その上ソレによる機体の制御が可能である、と言う事は、「GUND-ARM」という存在について一つの可能性を生じさせる。


・GUND-ARMが目指す所
 義肢技術であるGUNDは、ばぁばこと博士に言わせれば「過酷な宇宙という空間で、人間が生きてゆけるようにする」為のテクノロジーらしい。人体をサイボーグ化することで、宇宙という環境に負けないようにする、って事だろう。
 ならば、GUNDフォーマットによりパイロットと同調して稼動するGUND-ARM、ガンダムというMSは、言ってみれば「全身がGUNDで構成された、凡そ20m程度に迄拡大された「ヒトガタ」、つまり「巨大化されたヒトの身体」」と見れなくはないだろうか?
 そしてその場合、巨大化したヒトの身体たるガンダムの思考中枢は、恐らくガンダムと同調を行うパイロットが担う事になると思われる。……基本的には。

 だが、ガンダム・エアリアルは「エアリアル」という固有の意思・自我を有している可能性が高い。しかもその情緒は、「復讐」という極めて人間臭い情動を理解し、自身の相棒であり家族である少女を、大切であるが故に其処から遠ざけさせたい、と思考する程に高度なものだ。
 要は、本来パイロットが担うべき、鋼の身体を司る思考中枢――脳に相当するシステム、それも自分自身の独立したソレを、ガンダム・エアリアルは既に得てしまっている。これは即ち、ガンダム・エアリアルは、GUNDという技術によって実現した、「鋼の身体持つヒト」そのものなのでは?、と。

 ……そしてその実、その有り様こそが、GUNDの目指す最果てではないだろうか?

 作中描写を見るに、GUNDは人体のほぼ全ての置換を可能としているように見える。強いて言えば首から上の完全置換が為されていないだけで、逆に首から下の置換はほぼ実現済っぽい。
 此処で先のガンダム・エアリアルを思い返すと、GUNDフォーマットに則って造られた「彼」は生物的な有機組織を持ち合わせていないが、しかし家族や復讐と言った複雑な生物的・人間的情緒を理解出来る思考中枢を持ち、自意識に目覚めている。
 逆に言えば「自我を確立させたガンダム」の成立は、人体のGUNDによる完全置換の可能性を一気に切り開き得る存在に等しい。エアリアルの思考中枢を解析し、リバースエンジニアリング出来れば、ヒトの脳、意識や自我を、完全に電子化出来る道筋が立つ可能性が非常に高い。

 脆弱な生物的身体から脱却し、宇宙という過酷な環境に耐え得る身体に、ヒトの姿形、在り様を改めることを可能にする――
 博士が目指していたGUNDの未来とは、そんなビジョンなのではなかろうか。


・「ガンダム」を目覚めさせたモノ
 「GUNDによる完全なヒトの模倣と拡張」がガンダムの目指したモノであるなら、あの時何故、エリィがルブリスを目覚めさせ得たかについても、凡そアタリが付き得る。

 三、四歳の幼児期は未だ未だ脳が未発達で、それこそ「自身の身体機能を脳がきちんと把握しきれていない」程であることが、実際の研究で現実に報告されている。
 しかしその一方で、幼児期は聴覚的な言語認識能力が非常に高く、この時期に上手い事多数の言語に耳を慣らしてやれば、将来マルチリンガルになる基礎を築く事が出来る。だが単一の言語しか聞かれない環境に居ずっぱりだと、その言語を捉える為の神経的繋がりを残して、他の繋がりは衰えて絶えていってしまうのだとか。
 つまり幼子の無垢な脳は、「深いが狭い」大人の脳に対して、「浅いがとても広い」神経的繋がりを有しており、大変豊かな可能性を宿しているのだ。

 エリィがルブリスと繋がるまで、「ルブリス」が知っていたのは「大人」というシステムだけだった。発達したが故に、可能性としては狭いモノであるネットワークしか知らなかった。
 だがルブリスは、あの日エリィと繋がった。四歳の子供という、未発達で、無垢な、広く可能性に富んだネットワークを知る事が出来た。

 きっと、その瞬間だろう――「ガンダム」が、完成したのは。

 発達した成人のパターンだけでなく、無垢で未発達な幼子というパターンを認識した事で、「ルブリス」はヒトのニューロンネットワークをほぼ完全にエミュレート出来るようになり、それによって自意識を確立した――――そんな所ではないだろうか?


 …………と、まあどのトピックも既に諸説飛び交っている模様だが、自分はこんな感じかなー、と考えたり思ったりしていた。
 百合で学園でガンダム?!、と思ってたらPrologueとゆりかごの星の内容がヘヴィ過ぎる上に、主題歌「祝福」でエアリアルのスレッタに向ける感情が良い意味で激重過ぎて、その上色々と考察やら妄想やらが捗りそうな展開と設定だもんだから、かーなーり各方面で話題を掻っ攫ってる気がする。

 ただ一つ言えるのは、「絶対にただの百合アニメではないぞ…」って事か。
 何せ「機動戦士ガンダム」の名を冠する以上、その物語は「人の『業』」をコレでもかと描いてくる事は間違い無い。キマシタワーな話を期待し過ぎると確実に足元をすくわれるので、百合好きは覚悟した方が良いぞー?
 尚、宇宙世紀勢の自分としては憎み合い宇宙な激重展開でもバッチコイですが、何か。(ぇ

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